はじめに
「人事」と「労務」は似たような業務に思えますが、どんな違いがあるのでしょうか?、「人事」は戦略的な人材の管理や育成、評価に関連する側面を指し、「労務」は日常的な勤怠管理や給与計算、法令遵守など、労働に関する具体的な業務を指します。企業や組織において、これらの機能が連携して効果的な人材管理と労働管理を行うことが重要です。
本記事では、それぞれの違いを解説し、具体的な業務内容や求められるスキルなどについて解説します。
1.人事と労務の違いとは?
人事は、組織内での人材に関わる管理や戦略的な取り組みを指します。主に以下のような活動を含みます。
労務は、従業員の労働に関連する日常的な業務や手続きを指します。具体的には以下のような内容が含まれます。
人事 |
労務 |
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人事は戦略的な取り組みを効果的に進めるために企画力が求められる一方で、労務は日々のルーティン業務を正確に粛々と遂行するスキルが求められます。
また、人事は組織論に関する知識が必要なのに対して、労務は労働関連法に関する知識が必要となります。
人事も労務も組織にとって重要な役割ではありますが、人事が「攻め」の側面を持つのに対して、労務は「守り」の側面が強いです。
2.人事の仕事内容と求められるスキル
2.1.人事の仕事内容
人事の仕事内容は主に以下の4点があります。
【採用】
新しい社員を募集し選考し採用するプロセスを管理します。適切な候補者を見つけ、組織に適した人材を採用することが目的です。
経営戦略を理解し、ブレークダウンし、戦略遂行のために必要な人員計画から採用計画を作成し、計画に基づいて募集活動を行い選考面談を実施し、採用権限のある人との面接をセッティングし応募者とのコミュニケーションを図ります。ある意味では応募者から見ると「会社の顔」になる重要な役割です。
【人材育成】
採用した人材を社風に馴染めるよう育成します。中途採用であれば「即戦力」への期待もありますので育成の手間がかからない可能性が高いですが、新卒採用は基本的にポテンシャル採用ですから社会人としての基礎から教育する必要があります。
また、社歴の長い社員であってもマネジメント層への育成やスペシャリストとしての専門スキルを身に着ける必要もあります。人材育成は永遠のテーマでもありますし、常に新しい研究もされていますので、非常にやりがいの持てる業務です。
【人事評価】
人事評価は、その人の一生を決める可能性もある業務なので、とてもセンシティブで情報管理がより求められる業務です。良く人事評価には客観性が求められると言いますが、人が人を評価する以上はどうしても恣意性が入る余地があります。本人の納得性を得るのが一番重要なので、評価者訓練を実施し、評価者面談を徹底することが重要です。
以前は年2回の評価者面談が定番でしたが、最近では「OKR」といった短期のストレッチ目標を定めて80%達成すれば良しとする制度で毎月「1on1」と言われる個人面談を短時間で頻繁に実施する運用方法もあります。
【人材配置」
「適材適所」と言われるよう、人には向き・不向きや馴染みやすい職場の特徴などもそれぞれで、その人に最適な職場へ配置することは組織全体のパフォーマンスを上げるうえでは重要な要素となります。
そのために、人事担当者は「あの社員は何が得意なのか」「何が不得意なのか」「どんな人が上司だとパフォーマンスを発揮するのか」「どんな人が同僚だとストレスなく業務ができるのか」といった「人を見極める目」が必要です。
人事は組織のパフォーマンスが最大化するために「人」という重要な経営リソースを最大限活用するために戦略的に業務を遂行することが求められます。
2.2.人事に求められるスキル
そんな人事の業務を遂行するには以下の3つのスキルが主に重要となります。
【戦略的思考】
まず人事は「人」という経営リソースを最大限活用し組織のパフォーマンスを最大化することが求められるので、戦略的思考が必要となります。
戦略的思考とは、長期的な目標を達成するために計画を立て、状況を分析し、リソースを最適に活用する能力を指します。戦略的思考は、単に現在の課題や問題を解決するだけでなく、将来の展望や大局的な視点に基づいて行動することを意味しますので、以下のような思考性が求められます。
・長期的視点
・大局的視点
・目標設定と計画
・環境分析
・リソース最適化
・イノベーションと創造性
・リスク管理
【人材観察力】
人事には「人を見る目」が必要です。リソース最適化をする上で、誰と誰をどう組み合わせるとどんなパフォーマンスやイノベーションが起こるのかを想像するスキルが求められます。
人材観察力とは、他人の特性や行動、能力、態度などに対して鋭敏に気付き、洞察する能力を指します。この能力によって、人々の強みや弱み、適性、意図などを理解し、適切なコミュニケーションや行動をとることが可能となります。
人材観察力を持つことで、以下のようなことが実現できます。
・採用・配置の最適化
人材観察力を持つ人は、個人のスキルや特性を的確に評価し、適切な役割やポジションに配置することができます。これにより、人材の能力を最大限に引き出すことができます。
・リーダーシップの向上
リーダーが部下やチームメンバーの特性を理解し、個々のニーズやモチベーションに合わせたサポートを提供することで、チームのパフォーマンスを向上させることができます。
・コミュニケーションの改善
人材観察力を持つことで、他人の言動から伝えられていないニュアンスや感情を察知しやすくなります。これにより、適切なタイミングやアプローチでコミュニケーションを取ることができます。
・トレーニングと育成の効果的な設計
従業員の強みや成長ポテンシャルを見抜き、個々に合わせたトレーニングやキャリア開発計画を立てることができます。
・問題解決とコンフリクトの解消
人々の行動や意図を理解することで、問題や対立の背後にある要因を見極め、適切な解決策を見つける手助けとなります。
人材観察力は、エンパシーや洞察力、コミュニケーションスキルと密接に関連しています。他人の行動や言動をただ観察するだけでなく、その背後にある意味や要因を理解しようとする姿勢が重要です。この能力はトレーニングや実践を通じて向上させることができます。
【プロジェクト管理能力】
人事の業務は年間を通じて色んなイベントがあります。新卒採用や人事異動といった季節的なイベントがある組織が多いのです。また、不定期業務、例えば中途採用といった業務でも計画的に「いつまでに、何の職種を、何名採用するのか」という計画に基づいて目標を定めて活動します。また、採用や評価といった人事の業務は他部署との連携が欠かせません。その意味で各業務はプロジェクトと捉えることができるでしょう。
目標を決め、計画を策定し、他部署と共有し、共同して目標を達成するようプロジェクトを進行管理するのも人事に求められるスキルと言えます。
3.労務の仕事内容と求められるスキル
3.1.労務の仕事内容
労務の仕事内容は主に以下の4つです。
【勤怠管理】
勤怠管理とは、従業員の出勤や退勤、休暇、労働時間などの労働に関する記録や管理を行う業務のことを指します。組織や企業内で労働時間の適切な管理を行うためのプロセスやシステムが含まれます。
勤怠管理の主な目的は、以下のような点です。
・労働時間の記録
従業員の出勤時間や退勤時間、休憩時間などの労働時間を正確に記録します。これにより、労働法令に従った労働時間の計算が可能となります。
・給与計算
出勤時間や休暇の利用状況を元に給与や賞与などの報酬を計算します。正確な労働時間情報をもとに給与支払いを行います。
・労働条件の確認
労働法や労働契約に基づいて従業員の労働条件を遵守するために、勤怠情報を確認します。例えば、法定の労働時間や休憩時間の遵守などが含まれます。
・人材計画と効率化
勤怠情報を分析することで、従業員の業務負荷や稼働状況を把握し、人材計画や効率的な人材配置を行うのに役立ちます。
・勤怠トラッキング
従業員の出勤状況や休暇の利用状況を追跡し、欠勤や遅刻などのパターンを把握することで、問題を早期に発見し対処する手助けとなります。
現代では、勤怠管理は従業員の手作業による記録だけでなく、勤怠管理システムを利用することも一般的です。これにより、正確性や効率性を高めることができます。しかし、労働法や個人情報の保護など、適切な取り扱いが求められる要素も多く存在します。
【給与計算】
給与計算とは、従業員に対する給与や賞与などの報酬を計算し、支払いを行うプロセスです。給与計算は組織や企業が従業員に対して適切な報酬を提供するために重要な業務の一部です。正確な給与計算は従業員と組織の関係を円滑に保つ上で不可欠です。
給与計算には以下の要素が含まれます。
・基本給
従業員の基本的な給与額です。通常、職位や役職、スキル、経験などに基づいて設定されます。
・手当
職務に応じた手当や特別手当、交通費手当、残業手当など、様々な手当が給与に加算されることがあります。
・賞与
特定の期間における業績や成果に基づいて支給されるボーナスのことです。年末賞与や成果賞与などが含まれます。
・控除
税金や社会保険料、健康保険料、厚生年金保険料などの法定控除や従業員が希望する控除額を差し引いて、実際に支払われる給与額を計算します。
・給与明細
従業員に対して支給される給与明細書には、基本給や手当、控除額、支給額などが詳細に記載されます。
・給与支払い
計算された給与額に基づいて従業員に支払われる手続きです。支払いは通常定期的に行われ、銀行振込や給与明細書と一緒に渡すことが一般的です。
給与計算は正確性が非常に重要であり、労働法や税法、社会保険法などの法律や規制に従って行われる必要があります。給与計算を行うためには、従業員の労働時間や手当の種類、控除額、法定の規則などに関する情報が正確に集められ、適切なソフトウェアやシステムを用いて計算が行われます。
【入退社手続き】
入退社手続きは、新しい従業員が組織に入社する際や、従業員が組織を退職する際に行う必要のある手続きや手続きの流れを指します。これらの手続きは、組織内の労働関係や人事管理を適切に管理するために重要です。以下に、一般的な入退社手続きの一部を説明します。
- 入社手続き
・採用通知
選考プロセスが終了し、新しい従業員が選ばれた場合、採用通知を提供します。通常、電話やメールで採用の意向を伝えます。
・労働契約の締結
入社する従業員との間で労働契約を締結します。契約には給与、労働条件、業務内容などが含まれます。
・必要書類の提出
従業員は、身分証明書や社会保障番号、銀行口座情報などの必要な書類を提出します。
・健康診断
一部の組織では、入社前に健康診断を受けることが求められる場合があります。
・給与情報の提供
給与の支払い方法や給与明細の提供方法など、給与に関する情報を提供します。
・職場への導入
新入社員を職場に導入し、環境や業務内容などについて説明します。研修やオリエンテーションプログラムも行われることがあります。
- 退職手続き
・退職届の提出: 従業員が退職する意向を伝えるために、退職届を提出します。
・退職手続きの確認: 退職手続きに関する詳細を従業員と話し合い、プロセスを確認します。
・給与清算: 退職に伴い、未払いの給与や残業代、賞与などを計算して支払います。
・社内手続きの実施: 退職に伴う社内手続きを行います。社内の機器や資産の返却、アクセス権の削除などが含まれます。
・社外への通知: 退職を関係者に通知し、顧客や協力会社などにも必要に応じて通知が行われます。
・退職面談: 一部の組織では、退職者と面談を行い、退職理由やフィードバックを収集することがあります。
入退社手続きは、組織の運営や人事管理において欠かせない一連の流れです。適切に手続きを行うことで、従業員との関係を円滑に維持し、法的な遵守や業務の継続を支援することができます。
【安全衛生管理】
安全衛生管理とは、組織や企業内で労働者の健康と安全を守るために行われる活動や手続きのことを指します。従業員の安全と健康を確保することは、労働者の福祉のためだけでなく、組織全体の生産性や業績にも影響を与える重要な側面です。
安全衛生管理には以下の要素が含まれます。
・リスク評価と予防策
作業場や職場でのリスクを評価し、事故や健康被害を予防するための対策を立案します。リスクを特定し、その軽減や除去のための措置を取ることが重要です。
・訓練と教育
従業員に対して安全な作業方法や緊急時の対処方法に関する訓練や教育を提供します。正しい知識を持つことで、事故や怪我を防ぐことができます。
・安全基準とガイドラインの策定
組織内での安全基準やガイドラインを策定し、従業員がこれに従うよう促します。法令や業界規制に準拠するための指針を提供します。
・危険物管理
危険物の取り扱いや保管、廃棄に関する規定を設け、安全な取り扱いを確保します。
・健康監視
労働者の健康状態を監視し、有害物質への曝露や職業病のリスクを低減するための措置を取ります。
・緊急対応計画
火災や災害などの緊急事態に備えて対応計画を策定し、従業員の安全確保や被害の最小限化を図ります。
・報告と記録
事故や怪我、健康被害などが発生した場合、これを適切に報告し、詳細な記録を残します。これにより、問題の分析と改善が可能となります。
安全衛生管理は、労働者の安全と健康を守るだけでなく、法的なコンプライアンスを遵守し、組織内の生産性と効率を向上させるために欠かせない機能です。また、組織文化の一環として従業員に対するケアを強調することで、従業員のモチベーションや忠誠心も向上させることができます。
3.2.労務に求められるスキル
労務管理は従業員の労働条件や労働法令の遵守、労働契約の管理など、労働に関する幅広い業務を含みます。以下に、労務管理の仕事で求められる一般的なスキルをいくつか挙げてみましょう。
・労働法と規制の知識
労働法や労働規制に関する基本的な知識が必要です。労働条件や雇用規約の遵守、労働者の権利と義務について理解していることが重要です。
・コミュニケーション能力
労務管理者は従業員とのコミュニケーションを円滑に行う必要があります。明確な説明や指導、労働条件の変更に関するコミュニケーション能力が求められます。
・問題解決能力
労働者との紛争や問題が発生した際に、適切な対応策を見つける能力が必要です。冷静な判断と解決策の提案が求められます。
・組織力とデータ管理
労務管理には多くのデータや書類が関与します。これらを整理し、正確に管理する能力が必要です。
・交渉スキル
労働条件の調整や従業員との交渉が必要な場面があります。効果的な交渉スキルを持つことで、双方にとって公平な合意を得ることができます。
・タイムマネジメント
複数のタスクや労働者の問題に対応するために、効率的なタイムマネジメントが必要です。
・法令遵守の徹底
労働法令や労働規制に厳密に従うためのスキルが求められます。適切な記録の取得や報告の達成を行います。
・保密性とプロフェッショナリズム
労務に関する情報は機密性が高い場合が多いため、情報を適切に管理し、プロフェッショナルな態度で対応することが重要です。
これらのスキルは労務管理者が効果的に業務を遂行するための基本的な要素です。一般的なスキルに加えて、特定の業界や組織に応じて必要なスキルも異なることがあるため、継続的な学習と適応が重要です。
4.人事・労務に共通する側面
人事と労務は、両方とも組織内で従業員の管理や関連する業務を担当する領域で、いくつか共通する側面があります。
・従業員管理
人事と労務の両方の領域は、組織内の従業員の雇用、配置、評価、研修などを管理します。組織と従業員の関係を構築し、適切な条件下で働くことを支援します。
・法律とコンプライアンス
人事と労務の両方は、労働法や規制に従って行動することが求められます。適切な法的手続きや基準を守るために、法律やコンプライアンスに関する知識が必要です。
・労働条件の管理
労働条件は給与、労働時間、休暇、手当、福利厚生などを含みます。どちらの領域も従業員の労働条件を適切に管理し、従業員の権利と組織のニーズを調和させる役割を果たします。
・コミュニケーション
人事と労務の両方では、従業員とのコミュニケーションが重要です。従業員の声を聞き、問題を解決し、情報を伝えることで、組織と従業員の関係を強化します。
・トレーニングと開発
従業員のスキル向上や成長を促進するために、トレーニングや開発プログラムを計画し実施します。組織と従業員の双方にとって有益な継続的な学習を支援します。
・情報管理
人事と労務の両方では、従業員に関する情報や記録を適切に管理する役割を果たします。プライバシーやセキュリティに留意しながら、正確で信頼性のあるデータを保持します。
これらの共通の側面は、人事と労務の関連する業務が組織の効果的な運営と従業員の満足度を向上させるために重要な役割を果たすことを示しています。
5.まとめ
いかがだったでしょうか?人事も労務も組織にとって「人」という経営リソースを最大限活用し、組織のパフォーマンスを最大化するうえでとても重要な業務です。
また、求められるスキルや知識も幅広く、とてもやりがいを感じることのできる業務でもあります。
これを機に、本記事を読まれた方が人事労務のお仕事に挑戦する、もしくは、人事労務のスキルアップに活かせるようでしたら幸いです。